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ドメイン名関連会議報告

2013年

電子メールにおける国際化の概要

~国際化の経緯とIETF eai WGにおける標準化活動~

はじめに

電子メールはインターネットの黎明(れいめい)期である1970年代に開発され、インターネットが広く普及した現在に至るまで広く使われ続けている、重要な基盤サービスの一つです。

今回のFROM JPRSでは電子メールにおける国際化のこれまでの歴史と、電子メールアドレスの国際化のために2006年3月にIETFに組織され、今年の3月に活動を完了したeai WG(*1)における標準化活動の概要について解説します。

(*1)
eaiの名称は「Email Address Internationalization」に由来しています。

電子メールにおける国際化の歴史

国際化とは何か

現在につながる電子メールの基本規格(RFC 821/822)が作られた1982年当時、電子メールアドレスや件名(Subject)、本文などに使えるのはいわゆるASCIIと呼ばれる英数字だけで、それ以外の文字を使うことはできませんでした。

同様の制限は電子メールに限らずインターネットのさまざまなプロトコルやサービスに存在しており、英語を母語としないユーザーに対するインターネット普及の障壁の一つとなっていました。

このような、ASCIIにのみ対応しているプロトコルやサービスをそれ以外の文字に対応させるための機能拡張を国際化(internationalization)と呼びます。国際化はインターネットの世界的な普及促進を図る上で、極めて重要な項目の一つとなっています。

JUNET漢字コードとMIMEによる拡張(1980年代~1996年)

1980年代、日本でもJUNET、BITNETJP、HEPnet-Jなど、その後のインターネットにつながる広域ネットワークの運用が開始され、電子メールやネットニュースなどのメッセージ交換の利用が研究者を中心に広がり始めました。それらは当初、英語や日本語のローマ字表記により利用されていましたが、当時のJUNETユーザーを中心に、母語である日本語の文字をそのまま使いたいという要求が高まってきました。その結果として「JUNET漢字コード」が有志により開発され、JUNETにおける電子メールやネットニュース本文の日本語文字コードとして使われ始めました(1986年9月)。

JUNET漢字コードでは国際的な情報交換を当初から考慮し、ISO/IEC 2022(JIS X 0202)に基づく、7ビット符号拡張が採用されました。この方法ではエスケープシーケンス(*2)により使用する文字集合を切り替えるため、従来のASCIIにしか対応していないソフトウェアやプロトコルを日本語文字に対応させる際、必要な変更箇所を最小限に留めることができます。

(*2)
制御のために使用する一つ以上の文字の組合せ。JIS X 0202では先頭に制御文字ESCAPE(エスケープ)を使用する。

JUNET漢字コードを使用するため、当時のJUNETでは電子メールやネットニュースの本文に制御文字ESCAPEを使うことを統一ルールとして定めました。JUNET漢字コードはISO-2022-JPとして1993年にIETFで標準化され(RFC 1468)、JUNET以外のネットワークにおける電子メールの本文にも日本語文字を使用できるようになりました。

その後、1996年にMIME(*3)の規格が拡張され(RFC 2045~2049)、電子メールのヘッダーの一部に日本語文字を始めとする各国の文字集合を使用できるようになりました。具体的にはメールアドレスのコメント(本名)の部分(From/To/Cc)、件名(Subject)、添付ファイルのファイル名などで、それらはASCII互換形式に変換されることにより、従来との互換性が確保されました。
(*3)
Multipurpose Internet Mail Extensionの略称。
電子メールにおいて各国の文字集合や画像、音声、動画などを扱えるようにするための拡張機能。

同時にContent-Typeヘッダーのcharset(文字集合)指定により、メール本文にも各国の文字集合を使用できるようになりました。ただし、MIMEにおいても電子メールアドレスそのものについてはASCIIのみという、従来からの制限が残されました。

プロトコル国際化の基本がUTF-8に(1998年)

1998年にIETFが扱うプロトコルの国際化の際に用いる文字集合のガイドラインを定めたRFC 2277が発行され、UTF-8(*4)への対応が必須となりました。その後に標準化されたドメイン名や電子メールアドレスの国際化ではそれに伴い、文字集合としてUnicodeが採用されることとなりました(*5)。

(*4)
ISO/IEC 10646(UCS)とUnicodeで定義される文字コードの変換/表現方式の一つ。
(*5)
RFC 2277はUTF-8以外の方式で国際化された従来のプロトコルの使用を禁止・制限するものではないことに注意。

国際化ドメイン名(IDN)の標準化とeai WGの設立(1999年~2006年)

1999年から2003年にかけて国際化ドメイン名(以下、IDN)が標準化され、ドメイン名にASCII以外の文字を使用できるようになりました。しかし、電子メールアドレスでは@の左側(ローカルパート)も含めた国際化が必要になり、かつPOP(*6)などの周辺プロトコルの拡張も必要になることから、IDNの標準化だけでは十分ではありません。

そのため、2006年に電子メールアドレスの国際化のためのワーキンググループとしてeai WGがIETFに設立され、標準化作業が開始されました。

(*6)
Post Office Protocolの略称。
ユーザーが自分の電子メールをメールサーバーから取り出す時に使用する受信用プロトコル。

eai WGにおける標準化活動の概要

eai WGでは、電子メールアドレスの国際化に必要な周辺プロトコルも含めた形で標準化活動が行われました。当初は実験(Experimental)プロトコルとしての標準化が実施され、それを用いた各種実験・評価がWGにおいて進められました。

これらの実験・評価により実験プロトコルが実装可能であり、かつ実験プロトコルにおける問題とその解決方法がWGにおいて検証された後、標準化課程(Standards Track)による標準化が実施されました。

eai WGの活動については、以下のFROM JPRSバックナンバーをご参照ください。

eai WGにおいて標準化されたRFC

eai WGでは2012年2月にプロトコルのコア部分の標準化を完了しました。その結果として、以下の4本のRFCが発行されています。

  • RFC 6530(電子メール国際化の概要と枠組み)
  • RFC 6531(SMTPの拡張)
  • RFC 6532(ヘッダーフォーマットの拡張)
  • RFC 6533(配送状況・開封通知の拡張)
そのうち、RFC 6532ではヘッダーフォーマットの拡張に伴うメッセージボディ(電子メールの本文)の拡張も実施され、従来からあるISO-2022-JPなどに加え、電子メールアドレスと同じUTF-8で国際化されました。すなわち、今回標準化された電子メールアドレスの国際化の仕様をサポートすることにより、メール本文の文字コードも自動的にUTF-8にアップグレード(*7)されることになります。

(*7)
RFC 6532の3.2.に「(このRFCは)本文をUTF-8にアップグレードする(this upgrades the body to UTF-8)」と明記されています。

その後、eai WGでは2013年3月にPOP3及びIMAP(*8)の拡張に関する標準化を完了しました。その結果として以下の5本のRFCが追加発行されています。

  • RFC 6854(From:とSender:ヘッダーフィールドの拡張)
  • RFC 6855(IMAPの拡張)
  • RFC 6856(POP3の拡張)
  • RFC 6857(POP3/IMAPのダウングレード)
  • RFC 6858(よりシンプルなダウングレード)
(*8)
Internet Message Access Protocolの略称。
利用者がメールサーバー上の電子メールを操作するためのプロトコル。

ダウングレード(Downgrade)は、POP/IMAPのクライアントが国際化に対応していない場合に従来のメッセージフォーマットに変換し、下位互換性を維持するための仕様を定義するためのものです。ダウングレードについては実装者の負担を軽くするため、できる限り元の情報を維持するもの(RFC 6857)と、よりシンプルであり実装が容易なもの(RFC 6858)の2種類が標準化されることとなりました。

eai WGにおけるJPRSの貢献

eai WGでは開始当初からの主要メンバーとして、JPRSの技術者がプロトコルの標準化作業及び実証実験に参加しました。当初策定された実験プロトコルではRFC 5504(ダウングレードの仕組み)の標準化を藤原和典及び米谷嘉朗が担当し、その後の実験実装の試作と各実装による接続テストに参加しました。

また、今回標準化された標準プロトコルのRFCにおいてもRFC 6856(共著)及びRFC 6857において、藤原和典が著者となっています。

IETF82 eai WGで発表するJPRS藤原

IETF82 eai WGで発表するJPRS藤原

おわりに

IETF eai WGにおけるまる8年にわたった標準化作業はすべて終了し、2013年3月18日にWGの完了(Conclusion)がアナウンスされました(関連URIを参照)。今回の電子メールアドレスの国際化の完了により1982年のRFC 821/822の発行からおよそ30年をかけ、電子メールの本文、ヘッダー、電子メールアドレス及び周辺プロトコルをも含む、ほぼすべての国際化が完了したことになります。

最初に書いたように、電子メールはインターネットにおける基本的なコミュニケーションの手段として、その黎明(れいめい)期から現在に至るまで広く使われ続けています。携帯電話やスマートフォンに代表されるポータブルデバイスでの利用やWebメールの普及など利用形態に変化はあるものの、現在に至るまでインターネットにおける主要サービスの一つであり続けています。

今回の電子メールアドレスの国際化により電子メールが持つコミュニケーションツールとしての可能性がさらに広がりました。電子メールは今後も世界中のインターネットユーザーをつなぐ、重要な絆であり続けることでしょう。

本会議報告は、JPRSのメールマガジン「FROM JPRS」の増刊号として発行した情報に写真などを交えてWebページ化したものです。
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